大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山口地方裁判所萩支部 昭和41年(ワ)50号 判決 1968年7月12日

原告 小野貞人

被告 阿武町

訴訟代理人 山田二郎 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

請求原因第一項の事実は当事者間に争いがなく、住民票の記載の正確性を保つための一つの措置として職権によりその消除をなしうることは、被告主張のとおりであると解される。

そこで、まず、国家賠償法による損害賠償請求につき、職権による原告の住民票の消除か違法であるとの原告の主張について判断する。

<証拠省略>を総合すると、次の各事実が認められる。

「一、原告は、昭和二五年頃までは、元住民登録地に妻子、母および弟小野寿行夫婦と共に居住していたが、同年頃原告の妻カメコがが同所を転出して別居し、原告夫婦は事実上離婚した。その後問もなく原告も阿武町を離れて、下関、萩等に出向き、以後、月に二、三回、薪の買入れ等に、また農繁期には手伝いに、元住民登録地に帰る程度であつたが、昭和三八年八月二七日に原告の母スエが死亡して後はさらに足が遠のき、弟寿行から後述の米を受取るため、あるいは亡母の法事のため等で、せいぜい隼に二、三度帰る以外は阿武町に寄付かない状態であつた。そして原告は、遅くとも昭和三七年頃には萩市西田町五九番地に居を構えて同所で木工業(建築請負業)を営み、何時からかは明らかでないが、少なくとも本件職権消除がなされた昭和四一年三月より数年以前から同所で藤本政子と同棲生活を営んでいる。原告の元住民登録地には、弟寿行親子が居住するのみで、原告の四女敬子が昭和四〇年三月に転出(現実には、同女も、昭和三七年頃から右転出時まで、萩市西田町で原告と同居していたものの如くである。)した後は、本来原告と生活を共にすべき関係にある親族は誰も居住しておらない。なお、原告は、阿武町に、山林四町歩、田六反五畝歩、畑一反七畝歩、居宅およびその敷地を所有しているが、その内農地は弟寿行夫婦が耕作してその収穫から原告に年間米二俵を渡しており、居宅とその敷地は同じく寿行夫婦が居住使用していて、それらの固定資産税も寿行が納めている等、事実上同人等によつて管理がなされており、特にこれを管理するために原告が屡々阿武町に帰るという状態でもなかつた。本件職権消除当時をも含め、昭知三七年頃から元住民登録地に掲げられていた金属板家族表札には、原告の氏名は記載されていない。また、基本選挙人名簿、永久選挙人名簿、農業委員会委員選挙人名簿には、昭和三六年から原告は阿武町に住所がないものとして登録されておらず、原告からこれについて異議申立もなされていない。住民税は、昭和三八年度分から、阿武町内に住所を有しない者として均等割のみ課税されており、かつ、原告から町民税の申告もなされていない。

二、被告は、住民票の記載の誤を是正するため、その主張の頃、町内全域について住民の居住事実の実態調査をした。原告の元住民登録地である河内部落では、同部落で生れ育つた白上新一が調査員に嘱託され、農事組合の集会を利用して同部落三九戸の調査に当つたが、原告の世帯については、世帯主に代つて出頭した原告の弟寿行の妻百合枝から、原告はすでに萩に転出していて阿武町には居ないが、除けようかどうしようかとの相談を受け、白上新一もその間の事情を知つていたので、同女と話合つた結果、これを消除すべきものとして調査票<証拠省略>を作成の上被告の住民係長大山茂に報告した。大山茂は、かねてから原告が元住民登録地に居住していないらしいことを聞き及んでいたが、白上新一から右調査の状況、結果の報告を受け、なお同人を原告の近隣居住者として質問し、ここ数年来原告が阿武町に居住せず、年に二、三度帰るのみであること、原皆は萩市の西田町か新堀あたりに居住していること、等の事情を聴取し、な加行政資料について調べた結果、前認定のような原告に対する選挙人名簿の記載状況、住民税の賦課状況を知りえた。そこで大山茂は、これらの調査結果を総合して、原告は元住民登録地に在住しないものと認め、昭和四一年三月三一日に原告の住民票を職権消除したが、原告については直接の調査はせず(この点は当事者間に争いがない。)、消除の通知もしなかつた。」

右認定に反する<証拠省略>は措信せず、他にこれを左右するに足りる誕拠はない。

旧住民登録法にいう住所もまた生活の本拠を指すものであり、一定の場所が住所であるといいうるためには、単にその場所を生活の本拠とする意思があることのみでは足りず、その意思の実現と見られる、その場所に常住しているという客観的事実が存在しなければならないものと解すべきところ、前認定一の諸事実から考えると、昭和四一年三月三一日当時、原告は元住民登録地には常住していなかつたものであり、同所に原告の住所はなかつたものと認められる。

なお、原告は、職権消除にあたり、直接原告に対して調査せず、また原告に対して何等の通知もなかつたことを不満とするものの如くであるが、特にその手続を義務付けた規定は見当らない。通知については、旧住民登録法施行令第一一条が一応問題となるが、旧住民登録法が届出義務を規定しているのはいずれも義務者が当該市町村内に住所を有する場合であるところ、住所地を退去した住民の住民票の職権消除の場合には、従前の住所地の市町村における届出を必要とする場合ではないから、この場合は同条の適用はないと解される。また、旧住民登録法が住所の把握の手段を原則として住民の届出に求めていること、新住民地の市町村で転入届をしない退去者の従前の注所地の市町村における住民票を職権消除する場合に、退去者が当該市町村内には居らないのみならず、転出先不明の場合が多いものと予想されること、住民票の正確性確保くの要請が高度である反面、大量処理を迫られる事務であること(<証拠省略>によれば、原告の住民票を職権消除したのと同一機会の調査により、奈古地区だけで約二〇〇件の職権消除をしていることが認められる。)等を考えると、このような手続を法が義務付けているものとは解し難い。事の性質上、可能な範囲で退去者の所在をも調査し、それが判明した場合には、事前に退居者に連絡して転入届をさせるという方向で処理するのが妥当であるとはいいうるであろうが、そこまでしなければ違法であるとはいいえない。その他、前認定二の諸事実から考えて、職権消除の手続に特に違法があつたものとは認められない。

してみると、被告のした原告の住民票の職権消除が違法であるとは認め難いので、その余の点につき判断するまでもなく原告の国家賠償法に基づく請求は理由がない。

次に、住民票の職権消除は公権力の行使に当るものと解されるが、公権力の行使によつては民法上の不法行為に基づく損害賠償請求権は発生しないものと解されるので、民法第七〇九条、第七一五条に基づく原告の請求も理由がない。

以上、原告の請求は失当であるのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富沢達)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例